
「眼は心の窓」とも言われるように私たちは眼で現象や物を見て、それを感じてさらにはそのことについて考えて次の行動の基盤としています。
“見える”ということは私たちが生きていくうえでのスタート地点が固まることでもあり、この機能に支障をきたすということは生きて行く上で大きなダメージを受けることにもなります。
たとえば川沿いの小道を散歩している時に、正常な視力をもっている人であれば「あそこは危ないから避けて通らなければ!」と前もって知ることが出来て危険を回避することができますが、近視・遠視や斜視・老眼・乱視などで前方が充分に確認できないと、足元に危険があるのさえ察知することができなかったりすることがあるかもしれません。
また、眼が良く見えたら道端に咲いている花の健気さや可愛さを発見して感動することもあります。
私は、いつもは自転車で通勤しているのですが共働き主婦の宿命というか、時間に追われて生活しているために、「あー、あと5分あるからついでに掃除機をかけておこうっと」などとぎりぎりまで家事をやって出発しているために、自然に囲まれた川沿いののんびりとした散歩道を通っているとはいうものの、自転車で突進している私の視野は前方30度くらいに狭まっています。
ところが先日私の通勤用の自転車がパンクして、歩いて行かなければならなくなりました。
するといつも通っている道なのに、“いつも”とは全然違うのです。
道端に咲いている白い小さな花たちがにこにこと元気いっぱい私に微笑みかけたり、周りの木々のささやきも聞こえるようで、まるで血の通っていない冷たい体に温かい血が通いはじめたように感じるのでした。
その“気持ち良さ”といったら言葉では言い表せないほど感動的なもので、いかに私が無機質で感動のない毎日を送っていたかを思い知らされました。
“見える”ということは“こころが動くこと”につながり、“こころが動くこと”で毎日の生活まで変わってきます。
“眼”は本当に、私たちにとって“宝物”なのですね。
視力回復に関する技術も近年飛躍的に進歩し、たとえ視力に支障をきたしたとしても私たちは“回復のためのさまざまな方法”を試みることができるようになりました。
視力回復Cafeは、視力回復関連の情報です。
近視・遠視に関してよく「近視は近くがよく見えて遠くが見えにくく、遠視は遠くがよく見えて近くが見えにくい」と、遠視に関しては誤解されていることが多いようですが、遠視は遠くも近くも見えにくい状態なのです。
視力回復Cafeへようこそ!視力回復Cafe管理者のMARIEです。

視力回復のためのガイドとしてお役ていただけましたら幸いです。